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第19回 人類とデザイン – その14

大阪デザインハウスの業績2  設立10周年を経過し、さらなる発展を目指す。 特筆すべき事業としては、まず関西の企業の特性ともいえる中小企業に勤務する若手デザイナーを対象とする 「付設デザイン研修所」が挙げられる。 もちろん、関西にはデザイン教育機関としての大学、高校が数多く存在し、専門教育を受けた卒業生が 製品デザインを担当する工業デザイナー、宣伝部門に所属するグラフィックデザイナー等の専門家として大手企業で活動しているが、 一方では規模の小さい企業でデザイン活動に従事しながら、より高度な能力を求めている人材を対象とし、 学校の教育とは違った実践的なデザイン教育の実現を目指すこととなった。 中小企業が多く活動する関西の地域性もあり、公的な機関が実践的なデザイン(デザイナー)教育を行うことが評価され 初年度から多くの研修生が参加することとなった。 コースは、企業のニーズを考慮したインダストリアルデザインとビジュアルデザインの2つのコースが設定され、 ともに企業経営に貢献する即戦力を養成することが最大の目的であった。 偶然ではあるが、ビジュアルデザインは現在の理事長である越田氏が担当され、インダストリアルデザインは私が担当したが、 デザイン振興の目的の一つでもあるデザイナー教育(デザイン教育)ではなく、 すでに実務についている若手デザイナーの更なるレベルアップを目指す、その後の展開と関わっていたと言える。 研修所は一定の成果を収めて終了することになったが、研修施設はセミナー会場や企業の研修会等に活用され、 デザイン振興の一翼を担うこととなった。 その後、引き続き時代の変化に合わせてデザインセミナー、デザインマネジメント研修等、 企業の中堅デザイナーを対象とする実践的な研修、また、デザイン系大学生を対象とするインターンシップ等々、 デザイン振興の最も起点となるデザイン教育についても、既存の教育機関とは違う、より実践的なデザイン教育に注力することを目指している。 1970年3月千里丘陵においてEXPO’70、日本万国博が開催され、 アメリカ館の「月の石」やソ連館の宇宙衛星「スプートニク」等の最先端の展示物が多くの人を集め、 大阪も日本の第2の中心としての地位を確立することとなった。 大阪デザインハウスも創立10周年を迎え、記念事業として翌1971年、大阪の中心部を貫く高速道路の下に作られた 船場センタービル4号館に移転した。 同年3月10日開館、財団法人大阪デザインセンターと改称された。 designatrandom19_2.jpg 設備としても常設のグッドデザイン展示場として約160坪に加え約42坪、 また、創立時から力を入れていた前述の付設デザイン研修所として4教室約90坪が用意され、 その他、デザイン相談室、資料室、会議室、展示室等々合計約400坪の我が国では最大規模のデザインセンターが誕生することになった。 常務理事として我妻栄氏が就任され、設備の充実と大阪の中心部であり地下鉄の駅の真上という地の利も得て、 大阪を中心とした関西地域のデザイン振興の文字通りのセンターとしての役割が求められることとなり、 展示場の充実をはじめとして、多様なテーマによるデザインセミナーの開催、 大阪のデザイン事務所が参加する「大阪デザインオフィスユニオン」が設立され、その事務局が置かれた。 また、デザイン関連出版物の編集。発行、1978年には「第1回大阪産業デザインコンテスト」を実施するなど 現在の活動につながる諸事業を次々と軌道に乗せていった。 1980年代に入って技術革新が進み、また、現在につながる情報化時代が始まり、デザインを取り巻く環境も大きく変わり始めることになった。 例えば、昭和生まれの世代が人口の半分以上を占めることによるライフスタイルの変化が、生活用品の購買意識に変化をもたらし、 デザインについてもニーズの多様化に対応することが求められるようになって来た。 ODCも急激な時代の変化に対応すべく、2000年8月1日に大阪の副都心を目指して開発された 大阪南港に位置するATCに移転し、更なる発展を目指すこととなった。
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