デザインは人を思ってするもの。象印マホービン 遠藤 麻美さん【後編】
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さまざまな制約の中でベストな回答を追い求めるプロダクトデザイナー、遠藤さん。後編では、デザインする上で大切にしているアティチュード、感性を刺激する国宝への熱い思い、そして未来のプロダクトデザイナーへのメッセージをお届けします。
<前編の記事はこちら>
象印マホービン株式会社
デザイン室 サブマネージャー
遠藤 麻美さん
[ Profile ]
Mami Endo ● 武蔵野美術大学 造形学部 工芸工業デザイン学科卒。2008年入社。これまで、おかゆメーカー、布団乾燥機、ステンレスマグ、炊飯ジャー、オーブントースターなどを担当。
象印の味が家庭の味になる喜び。
ODC 毎日使われる商品なので、安全性のプライオリティは高いのでしょうか。
遠藤さん すごく高いです。そのための制約がかなりあります。その制約でデザインを変更することも、往々にしてあります。入社してすぐは、その基準の厳しさに驚いていたのですが、その大切さが次第に分かるようになってきました。お客様は、弊社の商品には安全性を期待されているということもありますし、社内の厳しいチェックの積み重ねの上にその信頼性は成り立っていますので。
ODC 社内の安全チェックは厳しいですか。
遠藤さん 細かいです! 「そんな使い方、あり得ないでしょう」という項目があったりします。他社製品を見て、うちだとこれは出せないなと思うことがあります。いろんなケースを想定していて、例えば塗装のクオリティならば、コインを当ててみて傷がつきにくいかどうかという試験もあります。万が一に備えて、という細かなチェック基準です。学生時代は、そうしたチェックゲートがこれほどあるとは全く思っていなかったです。
最初にデザインに取り掛かってから製品になるまで、開発期間や試作期間と各種チェックを含めてだいたい1年ぐらいなんです。なので発売する頃になると、自分の中では(デザインしたことが)だいぶ前のコトのように思えてしまいます。
ODC デザインをする上で、ここは譲れないと思っていることはありますか。
遠藤さん 『あまりゴミを生みたくない』ということ。全然売れないものはよくないということです。会社としても多額の投資をし、大量の樹脂を使って二酸化炭素を排出しながら製品を作ったにもかかわらず売れなかったとしたら…。消費者の手に届かないということは、役立つものが生み出せなかったということ。市場に求められているものを作らなければならない、という思いがあります。
また、気軽に捨てられてしまうものは作りたくない。例えば、買ったけれどあまり気に入らなくて、すぐ、次のものに換えられてしまうというものは作りたくない。気に入ってずっと使い続けて、ダメになって初めて買い換えようと思う、というようなものを作りたいです。
ODC その思いを強くしたきっかけなどがあったのでしょうか?
遠藤さん かつて担当した商品の中で、全然売れなかったものがありました。もちろん社内のいろいろなセクションの合議によって商品化は進んでいくので、デザイン担当だけが責任を負うということではないのですが、商品企画を進める段階で、「これで売れるのか?」という葛藤があったにもかかわらず、その時に声を上げることが出来ずに商品開発は進み、発売されました。結果として売り上げは伸びず、発売から1年経たずに廃番となりました。それ以降、「こういう負の経験を忘れてはいけない、覚えておかなければ」と思い、仕事に取り組んでいます。
ODC この点がやりがいにつながっている、という部分は?
遠藤さん 弊社の商品は『暮らしを創る』という企業理念で展開しているものなので、食にまつわるものも多いですし、その人その人の日常生活に寄り添っていくことになります。『象印の商品が創る味が家庭の味になる』ことが理想ですし、象印の炊飯器で炊いたご飯を食べていたら、他メーカーの炊飯器で炊いたものとは味が違うように感じていただける―そんな風に、ユーザーさんの記憶の刷り込みに入っていけるというのが、すごくいいなと思っているところです。
ステンレスマグでしたら、飲み物をずっと冷たいままで保つ、という価値を提供しているわけですが、その価値がユーザーさんの暮らしにすっと入っていって楽しく使っていただける。そんな商品を市場に出していきたいなとずっと思っています。
曜変天目を見たい!
ODC 遠藤さんに影響を与えているデザイナーは?
遠藤さん 学生の頃は、柴田文江さんでしたね。インハウス出身で、独立して活躍されて。あと、ディーター・ラムス。みんな大好きですよね(笑)。シンプルで、そぎ落としながらも、そのものとして適っているという。キレイなものは誰が見てもキレイなんですよ。そういう製品を作っていかないといけないなと思いますね。アップルもそうですね。そのデザインがトレンドになったりもするので。
深澤(直人)さんも、昔、メーカーにおられたときのデザインを見ると、当時のトレンドを映したものでしたが、それがだんだん研ぎ澄まされてシンプルになっていっている。インハウスだと両方(トレンディなものとタイムレスなもの)がデザインできると思っています。
ODC やはり、普段からトレンドに敏感ですか?
遠藤さん 元々ミーハーなんです(笑)。アイドルも好きですし、韓国ドラマ、K-POPも好きですし。インスタグラムでもフォローし過ぎて、情報量が多すぎて本当は何が見たかったのかわからない、という(笑)。
意図的にしようとしているのは、伝統工芸品や国宝を、極力見に行いくこと。ある時期から、ネットで情報を早く取るようになりすぎて、何を見ても「これはすごくいいなぁ」と思うことがなくなってきてしまって。これはよくないと思って、それで、一番いいものといえば国宝(笑)となって。あと、職人さんの手仕事とか、大量に作られたものではないものを見に行くようにしています。
天目茶碗(※)にすごく興味がありまして。曜変天目は日本に3点しかなくて、全部見たいなぁと。1つは見られたので、残り2点を見てみたいです。曜変天目は、今ではどんな成分が入っていてというのはわかっているんですけれども、同じようには再現できないんですよ!! 本当にすごいと思います。
※黒い釉薬をかけた、茶の湯茶碗(陶器製)の一種。鎌倉時代以降、中国から輸入されて広がった。曜変天目は、中国・南宋時代(12~13世紀)に作られたものが日本に伝わったとされる。宇宙に浮かぶ星のような独特の光彩をまとった斑紋が黒地肌に広がっているのが特徴で、天目茶碗の最高峰と位置づけられている。
ODC これからプロダクトデザイナーを目指す学生さんに、メッセージをお願いします。
遠藤さん 一番は自分の生活、家族の生活に関心を持つこと、それが大事だと思います。特に、コンシューマー商品、家で使う製品は人が使うものなので、その人がどういう風に使ったら心地いいか、どういう使い方をするのかということに関心を持たないと何もできないというのがありますね。
そして、人のためにできるかどうか。結構、さまざまな部署との調整が多い仕事でもあるので。プロダクトデザインとアートの違いでもありますが、プロダクトデザインはやはり使う人のためにするものだと思います。人に思いやりのある製品を作るためには、かかわる人に優しくできる方のほうがデザイナーとしては良いのかなと思います。(デザインと)人とは、どうしても切り離せないので。
インハウスデザイナーのめちゃめちゃ良いところは、自分の担当した商品が何万人という人の手に渡っていくところだと思っています。そこはメーカーならではの魅力です。ステンレスマグですと「今日は〇本見た!」というぐらい街で目かけたり、また、テレビなどで目にしたりすることも。
担当したステンレスマグは、発売以来10年足らずで、世界で1000万本以上出ました。一人では絶対にそんなことはできないですし、デザイナー冥利に尽きるなと感じました。是非、多くの方にインハウスのプロダクトデザイナーを目指していただきたいです!
※撮影時のみマスクを外していただきました。
<前編の記事はこちら>
日常生活に欠かせない家庭用製品。その“用の美”を次々と生み出している遠藤さん。時代の変化を見据えつつ、いかに使いやすさと美しさを両立させ、安全基準を満たし、かつセールスにつながるデザインができるかー。遠藤さんのまなざしは、透徹したプロフェッショナリズムに貫かれていました。工業製品に宿りうる優しさ、愛着を育むたたずまいは、そんなプロ魂からのみ生じるのだと思いました。