座標

2010.10.30

創造の原点に返って 釣人・アスリートの心と共に

株式会社シマノ デザイン室 参与明上 誠治氏

私はシマノで趣味性の強い釣具と、機能性の強い自転車部品のデザイン創造に長く携わってきました。価値観の異なる二つの創造経験を基に「デザイン創造の原点」について考えてみたいと思います。この機会に、創造の原点や企業価値・商品価値を再考していただければ誠に幸いです。

■釣人の心と共に〜釣具のデザイン

デザイナーの感性と職人技の融合が感動を生む「心を込めた道具作り」
古くから「釣り」は「狩猟」だけでなく、「趣味」としての一面も持っていました。英国における紳士の嗜みとしての「フライフィッシング」、日本では「庄内藩」の藩士による武士道ならぬ釣道の発達、江戸の旦那衆による「タナゴ釣り」等、趣味から社交手段へと広がると共に、釣具は「求道の道具」へと発達してきたのです。人間特有の「モノへの思い入れ」が、道具は「道具道」となって、釣りを支援する用具としてだけでなく、独立した手工芸品の価値を競うまでに昇華してきました。多種多様なデザイン表現や質感へのこだわりは、世界に通用する「釣り道具文化」として発達してきたのです。
「デザイナー」という職種が存在しなかった時代、道具は職人の手から生まれ、彼らの心意気、自負心、心配りが「道具文化」の発達を支えてきました。この伝統ある釣具をさらに進化させ、商品として仕立てる過程で、当社が心がけてきたことは、
①商品を通じてお客様に「作り手」の思い入れや愛情を買っていただく
②お客様の「心」に響く「趣」や「味わい」を表現し、感動を共有する
③品質感の表現手法を研究し、高品質で高機能な商品コンセプトを的確に表現する 
等、釣具は「釣人の心の伴侶」であって欲しいという思いが基本となっています。「心の伴侶」とはどうあるべきか? デザイナーはそれをいかにして創造してきたか?〔写真1〜2〕は釣り竿に、和のテイスト「趣・味わい」の情感を表現した例です。漆調の深い色合い、何度も塗り重ねた工芸品を彷彿させる仕上げ。一つ一つ手加工された最高レベルの仕上げが心をうつのです。
蒔絵、螺鈿、研ぎ出し等、よく知られた伝統技法の習得もまた、デザイナーには重要なスキルとして求められます。伝統技法に現代感覚をアレンジし、心に響くイメージを創作することが現代の職人=デザイナーです。釣り竿は、デザイナーがイメージ創造から手作りモデル作成まで、すべて一人で作り上げます。デザイナーの感性と職人技の融合が暖かい感動を生む地道な作業なのです。
次に「リール」の〔写真3〕を見ていただきたいと思います。釣人が持ち続ける「永遠の憧れ」に、「最高の商品」で答え、「道具道」を演出し続けるためにデザインされた商品が「STELLA」です。 手のひらに収まる大きさですが、知と美が凝縮されています。塊を削り、柔らかい稜線や張りのある面の創造に魂を込めて、明日の釣りを待ち焦がれる釣人の心を満足させる造形としました。推敲に推敲を重ねて美を追求する、これが隙や火の打ち所の無い「凛」とした格調高い商品につながるのです。当社リール特有の「滑らかな回転」「高強度」「高耐久性」を表す高品位なデザインがブランドを築いてきました。
“こうしたい”と「願い」を強く持つことがデザイン創造の第一歩であり、一本の線、面の張りや表情を吟味し大切にする。そして、自分が創造した商品に自分が惚れ込む。つまり、デザインとは商品の姿を借りて「デザイナー自身」を表現することにほかなりません。
釣り文化の創造のために
釣人のフィッシングライフをトータルにサポートし、シマノブランドの世界観で心地良く過ごしていただく事が私達の使命です。それは、釣りシーンを仮想構築するところから始まり、「釣人は俳優」「釣場は舞台」そして釣具は「トータル」に演技をサポートする装置です。俳優が感動する「舞台装置」を作り上げることが使命であり、主役が永遠に心地よく演技出来る場こそが、「釣り文化」発祥の地となりうるのです。〔図1参照〕

■アスリートの心と共に〜自転車部品のデザイン

一方、シマノの中核商品である、自転車コンポーネンツ(当社製品は、自転車に装備されることによって高機能を実現するシステムエレメントであり、一般部品との混同を避けるため「コンポーネンツ」と呼んでいる。以降、自転車コンポと略する)については、ご存知のように、ロードレースの最高峰である「ツールドフランス」で活躍するデュラエースはじめMTBのレース界をリードする「XTR」等で、その卓越した先進機能と造形美が市場で評価されています。
しばしば「シマノブランドはどのように作られたのか?」と質問されますが、最初から到達目標があり、それを目がけてやってきたのではありません。確かに、当社の位置する「堺市」は、鉄砲鍛冶の技術を引き継いだ一大自転車産業都市でした。その中で、自転車に付属する「部品」ではなく、製品単独で流通する「商品」を作り上げることに注力してきましたが、ブランドイメージは経営陣以下、全社員(当社ではTeam Shimanoと呼ぶ)の努力の「結果」得られたものです。
研ぎ澄まされた機能美=美への執着、
創造の手を緩めない、妥協しない・諦めない

自転車コンポのデザイン? どこをデザインするのか? と不思議に思われるかもしれません。この新MTB(マウンテインバイク)用最高峰コンポ「XTR」〔写真4〕を良く見ていただきたいと思います。
研ぎ澄まされたプロの道具としての美しさと、鋭く輝く存在感とレースの王者としての風格を感じていただけませんか。この美しいコンポを作り上げる企業風土はどのように育まれたのか? 私達はアスリートの「憧れ」要素を明確にし、「美」の到達点を高く設定しました。当然、苛酷なレース環境下で確実に機能する機構が最優先され、人間の限られたパワーが唯一の動力源であるため、軽量・コンパクトも要求されます。この高いポテンシャルをいかにデザインし、超一流のアスリートたちに「これでレースに勝てる!」と自信を持ってもらうか!? 担当デザイナーは勝つために準備された素材の味を生かしながら、造形創造に没頭し徹底的に「機能美」を追求します。鋭いライン、力強く張った面、理想の造形をモノにするため、開発者と0.5グラムの攻防が行われることはよくあります。商品は自分の分身だと実感するのはこの時です。デザイナーが思いを込めて造形し、素材の持ち味を生かす表面処理にここまで執着する商品は少ないのではないでしょうか。しかし、それはごく当たり前の行動であって、その結果、当社コンポ=勝つための最高機能=アスリートの心の共というイメージが生まれてくるのです。
コンポの操作感や感触、力強さや信頼感、使う喜び・持つ感動の表現。これらはレースの現場で検証し評価される。「現場主義」もまた当社のモノ作り姿勢なのです。
自転車文化の創造のために
当社では自転車の生産は行っていませんが、コンポ開発は、新しい自転車を創造する事から始めます。新しい自転車と相互に影響し合いながら、新しいイメージを打ち出せるコンポーネンツのデザインを考えています。見方を変えると、提案する新しいコンポデザインを、新しい自転車と共に提示して、自転車全体で新鮮さをアピールすることでもあります。〔写真5〕
今後はデジタル技術を基軸にした社会と自転車の「グランドデザイン」を構築し、その中でのコンポのあり方を模索して提案し続けることが重要であり、今後の自転車文化を育む第一歩でもあると考えています。

■デザイナーと教育〜「モノ満足」から「心満足」創造へ

当社の目標は「モノ満足の時代における、心の満足を作り上げること」でもあります。必要だから買うのではなく、欲しいから買う商品作りを目指せと、よく言われますが、幸せなことに当社商品は心の満足を支える中心に位置しています。その「満足」はデザイナーのたゆまない創造努力から生まれるものであり、「心の満足」を売ることは、デザイナーの「心(愛)」を売ることでもあります。成果の良否はデザイナー個人の能力に依存するところが大きいため、均一でレベルの高いアウトプットを得るためのデザイナー教育が非常に大切です。
また、企業への帰属意識や参加意識、企業内での向上心など、メンタル面の維持のためのプログラムも必要となります。前述にあるように、社員の「モノ作り」への情熱がブランドを育ててきました。よって、最優先教育目標は「継続的情熱的」創造者を多く育てることであり、自発的に創造活動ができるデザイナー×人数(=企業パワー)を最大限に得ることです。「やらされている」と感じるのでなく、「自らやっている」と感じる幸せをいかに多くの人に持っていただくか、です。

■仕事のグラスボックス化と「短期」・「中期」・「長期」視点(Phase)

そのためには仕事のポジションと目標をハッキリさせること(透明化)につきます。〔図2〕は頭の中を輪切りにし、情報インプットから成果のアウトプットまでの仕事の流れを表現した概念図であり、個人特有の創造能力と、外部入力情報と出力情報との関係を示し、「仕事」を定義しました。
20年ほど前、当社ではデザイナーの離職率が高く、日々の活動にも支障をきたしていました。その原因の一つは、自分の将来設計が不透明で、当社に勤務する価値を見出せないからではないか?と考え、会社の将来の中に自分の将来や夢が描ける方法を考えました。それは、一人のデザイナーに自分の担当する商品の、短期、中期、長期的視点の目標(当社ではこの視点をPhaseと呼んでいる)を立ててもらう事で、つまり、現在から未来にいたる商品変遷を仮説構築しデザインし、モデル化してもらう事です〔図3参照〕。
その中でも特に「長期視点」の提案活動が重要で、自分の担当する商品の5年後はどうあるべきか?仮説構築を立てて推測し、モデルで提案する。これを何度か繰り返すうちに、自分と会社の「将来」を考えるようになり、会社と自分の関わり方や会社に貢献する姿が想像できるようになります。つまり、経営的視点が持てるようになると共に、仕事の延長線上で活躍する自分の姿が見えてくる。デザイナーの一人ひとりにこの3つの視点を持ってもらい、日々の業務を視点軸に合わせて進め、何度も繰り返すことで、仕事を通じた自分の将来と会社の関係が見えてくる。そうなればしめたモノで、自分が構築した仮想が的中し始めると面白くなり、より深く長期視点で考えるようになるわけです。プラス回転に持っていけば、定着率も向上します。これは、「自分視点」と「企業視点」が接近したことに他なりません。

■Always in the lead

これは当社デザインのスローガンです。先んずれば人を制す…、デザイン活動に最適の言葉だと思います。未来を見せる能力を有するのはデザイナーだけです。よって、デザイン室が誰よりも早く商品イメージ創造に着手し、誰よりも早くモノにして見せるように心がけています。デザインを経営の中心に置く企業が増えていますが、その具体的活動は、デザイナーが徹底して“Always in the lead”を実践し、誰よりも早く経営陣に未来を示すことです。

■最後に〜大阪のデザイン界からの発信

「造形美の創造」はデザインの最重要要素ですが、教育の現場では、ストーリーやコンセプト作りに重点が置かれて久しいと思います。確かに日本は「モノつくり一辺倒」の発想を転換すべきです。
しかし、自分の手から生み出される、オリジナルな「造形美」を武器に、世界に打って出る勇気とパワーを持った優秀な人材を育てる教育もまた重要です。大阪デザインセンターが中心となり、企業のニーズと教育現場の間に立って、真に世界で活躍できる人材の育成に取り組んで欲しいと思います。大阪の新しい中心地として、産学の交わる重要な十字路として交通の要所にある優位な立地条件を生かし、大阪南港から世界に向けてデザイン情報を発信する基地であってほしいと願っております。

株式会社シマノ デザイン室 参与 明上 誠治氏(Seiji Myojo)
1949年愛媛県生まれ。1972年金沢美術工芸大学産業美術学科工業デザイン卒。同年(株)シマノ入社後、自転車コンポのデザインに従事し、初代デュラアースのデザイン開発に携わる。釣具事業部に移籍後、バンタム、アンタレス、BB-X、ステラ、エアロ等、多数のリール、ロッドのデザイン担当。自転車部門ではXTR、XT等のデザイン開発に従事。1990年から7年間「輸出品デザイン法」によるデザイン審査員。1995年より3年間神戸芸術工科大学非常勤講師。釣具企画課長、デザイン室次長を経て2002年よりデザイン室部長。デザインディレクターとして釣具と自転車コンポのデザイン開発に従事。2006年より「自転車デザイン保全制度」による審査員。2010年3月より現職。